元不動産屋による不動産と不動産テックについてのお話

元不動産が考える不動産についての話を書いている。前職の記事もありますが気にしないスタイル

校則の無い麻布中学校・高等学校とルールの考え方

麻布中学校・高等学校という中高一貫学校があります。
西の灘、東の麻布と言われるように、特に偏差値が高く東大出身者輩出数も抜群に多い学校です。

その麻布中学校・高等学校なんですが、この学校は校則がないということでも有名です。
冗談みたいな話で「鉄下駄を履いてきてはいけない」「賭け麻雀をしてはいけない」、「全裸で外出してはいけない」の3つしかないとか言われていたりします。
もっともこれも明文化されてはいませんが。

中高生の校則といえば、茶髪禁止とか服装がどうたらいろいろありましたよね。
そういうのが一切ないのが麻布中学校・高等学校です。

では、学びの雄である麻布中学校・高等学校には学則がなくて、一般的な中高には学則があるのでしょうか?

私が仮説を立てたのは、そもそもの立ち位置です。

一般的な中高生は、学則がない場合には、無いことを利用していろいろ行います。
生徒は、学則規定されてないからそれを行う。
先生は、そこを学則の穴だと捉えて穴埋めするために新たな学則が追加される

以下無限ループ


麻布校の生徒は、麻布の生徒としての立場を考え、そこから逸脱しません。
麻布の生徒がどう見られているか、それは麻布の諸先輩方が培ってきたものであり、それを崩すことをよしとしないのではないか?
一方で先生は、麻布の生徒という規定を考えた時、髪を真っ青にしてきた生徒がいたとした場合、それは麻布の生徒の姿として正しいあり方かどうかを検討した時に、検討不要事項と考えたのではないか?なにものかを規定することに意味をなさないのであれば、検討不要であると。

会社だって一緒です。
別に会社はネクタイの色を規定しません。
ヒゲを剃る剃らないを規定しません。

ただ、自分を社会人として俯瞰して見た時に、さすがにドクロ柄のネクタイは不相応だと思えるし、ヒゲの生えた営業マンでは、不快に思う人がいるということは容易に想像できるし。

ルールというものを遵守する立場の人間も、ルールを作る立場の人間も同時に、暗黙知と自らの立場の俯瞰というものを平行して考えれば、極力ルールが無い社会が望ましいと思うものですが、そこが人間の持つポテンシャルの違いなのか。

麻布中学校・高等学校出身の人がいたら紹介してください。
頭がぶっ飛ぶぐらい頭の良い人とお話してみたい。